― 一審・高裁で何が変わり、何が変わらなかったのか【福岡高裁判決解説】―
※本記事は、福岡高等裁判所判決(令和6年3月13日)および判決文をもとに、
工藤会事件における「実質的最高意思決定者」認定の考え方と、
一審判決がどのように修正されたのか、その理由を解説するものです。
結論から分かるポイント
一審判決は「修正」されたが、責任は軽くなっていない
まず結論を整理します。
- 一審(地裁)
野村悟被告を死刑
すべての重大事件について共謀・関与を広く認定 - 高裁
死刑を破棄し、無期懲役に変更
ただし、「組織の実質的トップとしての責任」は明確に認定
つまり高裁は、
「一審は広げすぎた部分がある。しかし、野村被告の責任が重いこと自体は揺るがない」
という立場を取っています。
なぜ一審判決は変更されたのか
高裁が問題視した「一審の限界」
高裁が一審判決を見直した最大の理由は、
共謀や直接関与の認定が、証拠関係の点で慎重さを欠く部分があった
と判断したからです。
特に高裁は、
- 「暴力団のトップだから関与しているはずだ」
- 「重大事件はトップの了解なしに起きない」
といった経験則だけで責任を広げることに強くブレーキをかけました。
その結果、
元漁業組合長襲撃事件については、野村被告の共謀認定を取り消すという重要な修正が行われています。
一審と高裁で評価が分かれた事件
【事件①】元漁業組合長銃撃事件
一審の判断
- 組織的な銃撃事件
- 野村被告も事前に了解・共謀していた
👉 殺人罪の中核として評価
高裁の判断(修正点)
高裁は次のように判断しました。
- 野村被告が具体的に指示した証拠は足りない
- 実行犯との事前の共謀も認められない
👉 野村被告については「共謀は否定」
ここが、一審判決が最も大きく変わった点です。
福岡高裁は、工藤会事件全体としては野村悟被告を「実質的な最高意思決定者」と認定しましたが、すべての事件で共謀を認めたわけではありません。
その象徴的な例が、元漁協組合長襲撃事件において「共謀」が否定された判断です。
この点については、以下の記事で判決理由を詳しく解説しています。
それでも高裁が「組織犯罪」と評価した理由
共謀を否定しながらも、高裁はこの事件を軽視していません。
その理由は、
- 被害者が工藤会の利権・影響力に公然と抵抗していた立場だった
- 銃撃という方法が、個人的トラブルでは説明しにくい
- 事件後、組織内で注意・処分・非難が一切なかった
という点です。
高裁は、
工藤会という組織の威力を背景に行われた示威的犯罪
と位置づけ、
「共謀は否定」=「トップの責任が消える」ではない
という線引きを明確にしました。
高裁が一審の結論を「否定しなかった」部分
【事件②】看護師刺傷事件・歯科医師刺傷事件
これらの事件については、高裁も一審と同様、
👉 野村被告の関与・共謀を認定
しています。
理由は明確です。
- 被害者はいずれも工藤会に不利益を与えた人物
- 殺さないが、強い恐怖を与える暴力
- 短期間に連続して発生
高裁は、
偶然ではなく、組織としての判断基準が統一されていた
と評価しました。
さらに、
- 事件後も野村被告は組織トップとして影響力を保持
- 暴力を止める指示や方針転換をしていない
ことから、
👉 暴力を容認し、最終判断を統括していた立場と結論づけています。
【事件③】放火事件と「命令なき支配」
放火事件についても、一審・高裁ともに、
- 野村被告の直接命令を示す証拠はない
という点は共通しています。
それでも高裁は、
- 社会的影響の大きい放火が問題にされていない
- 実行犯がトップの意向を強く意識して動いている
点を重視し、
命令がなくても、トップの価値観を忖度して暴力が行われる組織だった
と判断しました。
なぜ「実質的最高意思決定者」とされたのか
高裁の最終判断を整理すると
高裁の認定は、次の3点に集約されます。
- 重大事件が、野村被告の価値観とズレずに起きている
- 事件後も、組織内で是正・排除が行われていない
- トップの意向を前提に、組織が自律的に暴力を使っている
つまり高裁は、
野村被告は、暴力が正当化される環境を作り、それを維持していた人物
と評価しました。
まとめ|一審と高裁の違いが示す司法のメッセージ
今回の高裁判決は、
- 一審の死刑判決は「重すぎる」として修正
- しかし、野村被告の組織トップとしての責任は一切後退させていない
という点に最大の意味があります。
高裁が示したメッセージは明確です。
組織のトップは、
「直接命令していない」「知らなかった」
では責任を免れない場合がある
この考え方は、工藤会事件に限らず、
反社会的勢力・組織犯罪全体に影響を与える重要な判例といえるでしょう。


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