最高裁判決
過失
婚姻関係の破綻
差し戻し
📅 令和8年(2026年)6月5日 | ⚖️ 最高裁判所第二小法廷 | 📂 令和7年(受)第933号(損害賠償請求事件)
既婚女性と不貞関係になった相手男性に対して、夫が「不貞慰謝料」を求めた事件。二審の高松高裁は男性の過失を認めて一部の請求を認めましたが、最高裁はその判断を審理不尽として破棄し、高松高裁に差し戻しました。
「不倫相手はどこまで慎重に調べれば法的責任を免れるのか」という、不貞慰謝料訴訟の根っこに関わる争点を最高裁が正面から扱った一件です。
事件の概要——子ども3人の家庭で何が起きたか
被上告人(夫、1974年生まれ)とその妻A(1983年生まれ)は、平成19年7月に結婚しました。長男・二男・長女の3人の子どもに恵まれ、婚姻期間は約16年に及びます。ところが被上告人の自己破産や育児への関与不足が重なり、令和5年6月ごろには夫婦の会話がほとんどなく、連絡はメールのみという状態にまで冷え込んでいたそうです。
一方の上告人(男性、1980年生まれ)は、Aが令和4年秋ごろから勤め始めた飲食店の代表者でした。ちなみに上告人自身も令和5年3月に自分の妻と離婚しており、当時は独身だったようです。令和5年6月ごろ、Aから「夫と離婚を考えている」と打ち明けられたことをきっかけに相談に乗るようになり、同年8月ごろに関係を深めたとされています。
判決文によれば、Aは上告人に対し「離婚するつもりであること」「離婚届を見せたこと」「家計を別々に管理し、互いのプライバシーに干渉しない生活を提案したこと」などを伝えていたといいます。そして令和5年10月9〜10日、同月15〜16日に深夜まで一緒に過ごすなどして関係が持たれ、同年11月14日、被上告人とAは協議離婚を成立させました。
正直なところ、この経緯を読むだけでも「Aの言い分をどこまで信じていいのか」という判断の難しさがにじみ出ています。離婚届を見せられ、生活まで別々にすると提案されれば、多くの人は「もう終わった関係なのだ」と受け取ってしまうのではないでしょうか。
何が争われたのか——「過失」の中身をどう審理するか
既婚者と肉体関係を持った第三者が不貞慰謝料の支払いを求められた場合、その第三者に故意または過失がなければ責任を負わないというのが判例の基本的な考え方です。今回の裁判で争われたのは、上告人に「過失」があったといえるかどうか、そしてその過失の有無を判断する際に裁判所が何を検討すべきか、という点でした。
「不倫はダメに決まっている」という感覚的な話ではなく、法律上の過失責任をどう構成するかという、かなり技術的で込み入った論点です。だからこそ最高裁がここまで踏み込んで審理の枠組みを示したことに意味があると感じました。
審理の流れ
控訴審(原審)髙松高等裁判所 令和7年2月13日判決
△ 上告人の過失を認め、請求を一部認容
肉体関係の存在は認めつつ、Aが「離婚した」と話した可能性が相応にあるとして故意は否定。しかし「離婚したと信ずるについて相当の理由がない」として過失ありと判断しました。
上告審 最高裁判所第二小法廷 令和8年6月5日判決
⚠ 原判決中、上告人敗訴部分を破棄し高松高裁へ差し戻し
過失の有無を判断するのに必要な検討が尽くされていないとして、審理をやり直すよう命じました。
高松高裁は何を見落としたのか
最高裁が問題視したのは、高松高裁が「Aと被上告人が離婚したと上告人が信じたことに、相当の理由があったかどうか」だけを検討し、それとは別の観点——「婚姻関係がすでに破綻していると上告人が信じ、かつ、そう信じたことに相当の理由があったかどうか」——を検討していなかった点です。
つまり「離婚が成立した」と誤解したかどうかは一つの判断材料に過ぎず、たとえ離婚成立の事実までは確信していなくても、「もう夫婦関係は実質的に終わっている」と信じるだけの十分な事情があったのであれば、過失を否定できる余地がある、というのが最高裁の考え方です。この二つの視点をきちんと分けて審理すべきだったのに、高松高裁は前者だけで結論を出してしまった、というわけです。
ここは読んでいて「なるほど」と思わされた部分です。実務では「離婚したと聞いていた」という言い分がよく出てきますが、それが嘘だったとバレた瞬間に一律アウトとされてしまうのは、たしかに乱暴な話かもしれません。破綻の有無という、もう一段階手前の事実認定を素通りしてはいけない、という最高裁の指摘は筋が通っていると感じました。
——最高裁判所第二小法廷 令和8年6月5日判決(要旨)
最高裁が参照した2つの先例
判決文では、過失の判断枠組みを支える先例として2つの最高裁判決が挙げられています。整理すると次のとおりです。
| 先例 | 位置づけ |
|---|---|
| 最高裁平成8年3月26日第三小法廷判決 民集50巻4号993頁 |
不貞慰謝料に関するリーディングケース。婚姻関係がすでに破綻していた後の関係については、第三者は不法行為責任を負わないとした判例です。 |
| 最高裁平成31年2月19日第三小法廷判決 平成29年(受)第1456号・民集73巻2号187頁 |
「不貞慰謝料」と「離婚慰謝料」は法的に別の請求であることを整理した判例です。 |
この2つを並べると、今回の判決が単発の細かい判断ではなく、「不貞慰謝料と離婚慰謝料を混同せず、破綻の有無・時期をきちんと審理する」という一連の判例の流れの延長線上にあることが見えてきます。個人的には、こうして先例同士のつながりを意識しながら読むと、判決の重みがぐっと増して感じられました。
💬 補足意見(尾島裁判官)
本判決には尾島明裁判官による補足意見が付されています。要旨は、原審の審理には不十分な点があったこと、不貞慰謝料と離婚慰謝料は訴訟物として区別して扱う必要があること、そして婚姻関係が破綻していたかどうか・破綻していたとすればいつからかについて、裁判所が丁寧に審理を尽くすべきだという指摘です。差し戻し後の高松高裁の審理にも、この視点が引き継がれることになりそうです。
実務への影響——不貞慰謝料をめぐる主張・立証はどう変わるか
⚠️ この判決から読み取れるポイント
- 「離婚したと聞いていた」という主張だけでは、過失の有無を判断する材料として不十分な場合がある。
- 「婚姻関係が実質的に破綻していたかどうか」「いつから破綻していたか」は、それ自体が独立した重要な争点になる。
- 請求する側(配偶者)も、破綻の時期を曖昧にしたまま「不貞慰謝料」と「離婚慰謝料」を一括りに主張すると、訴訟物の整理を求められる可能性がある。
- 下級審には、当事者の主張が不十分でも釈明権を行使して争点を明確にすることが求められる、という補足意見の指摘も実務上は重い。
個人的な感想ですが、この判決は「不倫は自己責任で慎重に」という単純な教訓には収まらない気がします。むしろ、交際相手が語る事情をどこまで信じてよいのか、その信頼の合理性を裁判所がどう評価するのかという、人間関係の機微に踏み込んだ判断だと感じました。破綻していたのか、していなかったのか——当事者以外には正確に分からないことも多いはずで、差し戻し後の高松高裁がどのような事実認定をするのか、続報が気になるところです。
筆者の所感
この事件を読み進めて最初に感じたのは、被上告人(夫)の側の事情にも目を向けざるを得ないということです。自己破産や育児への関与不足が夫婦関係の冷え込みの背景にあったとされており、一方的に上告人やAだけを責めれば済む話ではなさそうだ、というのが率直な印象でした。
一方で、離婚届を見せられ、生活まで分けようと提案されれば「もう終わった関係だ」と受け取ってしまうのも無理はない、とも思います。それでも最高裁が「もう一段階手前の、破綻していたかどうかの事実認定を飛ばしてはいけない」と釘を刺した点は、法的な緻密さを求める姿勢としてとても納得感がありました。
正直、こうした事件は当事者三者三様の言い分があり、どこまでが「事実」でどこからが「言い訳」なのか、外部からは判断がつきにくいものです。だからこそ、裁判所が丁寧に事実を積み上げて審理する必要があるという最高裁のメッセージは、地味ながら重要な指摘だと思います。
差し戻し後の高松高裁で、婚姻関係の破綻時期についてどのような認定がなされるのか、そして上告人の過失があらためて認められるのかどうか、今後の審理の行方を注視したいところです。
📌 この判決のポイントまとめ
- 既婚女性の交際相手に対する不貞慰謝料請求で、最高裁が二審の「過失」判断を審理不尽と判断し破棄した。
- 「離婚したと信じたことに相当の理由があるか」だけでなく、「婚姻関係が破綻していると信じ、かつ相当の理由があったか」も別途審理すべきとされた。
- 高松高裁での審理はやり直しとなり、事件は同高裁に差し戻された。
- 尾島裁判官の補足意見は、不貞慰謝料と離婚慰謝料の区別、破綻の有無・時期の丁寧な審理の必要性を強調している。
よくある質問
Q. 「離婚したと聞いていた」と信じれば不貞慰謝料は免責されますか?
今回の最高裁判決を踏まえると、それだけでは十分ではない可能性があります。離婚成立を信じたことに相当の理由があるかに加えて、婚姻関係がすでに破綻していると信じ、かつそう信じたことに相当の理由があったかどうかも、別途検討される必要があるとされました。
Q. この判決で結論(勝ち負け)は確定したのですか?
いいえ。最高裁は高松高裁の判断を破棄した上で、審理をやり直すよう高松高裁に差し戻しました。上告人(不貞相手)の過失が最終的に認められるかどうかは、今後の差し戻し審の判断を待つことになります。
出典・参考資料
最高裁判所第二小法廷 令和8年6月5日判決(令和7年(受)第933号 損害賠償請求事件)判決全文(PDF・裁判所ウェブサイト)
裁判所ウェブサイト「裁判例結果詳細」(事件番号・判示事項等)
【免責事項】本記事は上記判決文および裁判所ウェブサイトの公開情報をもとに、報道・解説目的で作成したものであり、法的助言を目的とするものではありません。個別の事案については弁護士等の専門家にご相談ください。また、本記事中の意見・感想部分は筆者個人の見解であり、裁判所の見解を示すものではありません。



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