📅 令和8年(2026年)7月21日 | ⚖️ 名古屋地方裁判所 民事第1部 | 📂 令和7年(ワ)第2711号 損害賠償請求事件
マッチングアプリで「離婚済み」と名乗り、シングルマザーの女性と約1年3か月にわたって交際した既婚男性。女性の小学生の息子に「結婚するから大丈夫だよ」と語り、両親との食事会にも出ていました。名古屋地裁は、男性に慰謝料110万円と弁護士費用11万円、合計121万円の支払いを命じました。
請求額330万円に対して認められたのは約3分の1。ペアリングや婚姻届は「単なるグッズ集め」なのか「結婚のアピール」なのか——判決が何を重く見たのかを、家族を持つ立場から読み解きます。
事件の概要:マッチングアプリ「マリッシュ」で「離婚済み」と偽った既婚男性
原告は平成2年生まれの女性で、平成23年生まれの長男を一人で育てていました。再婚を視野に入れた人の利用が多いマッチングアプリ「マリッシュ」に登録し、令和5年4月11日、被告の男性と知り合います。
被告は昭和63年生まれで、病院に勤める小児科の看護師。平成29年に結婚し、令和3年と令和4年に子どもが生まれていました。ところがアプリのプロフィールは「離婚済み」。初めて会った4月30日にも「かつて結婚して子どもがいたが、もう離婚している」と説明していました。
交際が始まった5月10日、原告は被告の車にチャイルドシートがあることに気づきます。被告の答えは「元配偶者との面会で使う」。筋の通った説明に聞こえるだけに、ここで嘘を見抜くのは、正直かなり難しかったはずだと感じます。
交際から発覚までの主な出来事
令和5年4月〜6月
出会い・交際開始
5月3日に「子どもと一緒にお酒を飲むのが夢。原告とだったら自分の夢が叶う」と発言。6月5日には「俺と結婚したら俺の病院での入院費タダだよ」。6月10日に初めて性交渉。
令和5年7月
原告の母に「真剣にお付き合いをさせてもらってます」
7月2日、原告の母から電話で「覚悟はあるのか」と問われ、真剣交際だと回答。同日、長男と顔合わせ。以後おおむね2週間に1回、原告宅に泊まる関係に。
令和5年9月〜12月
長男に「結婚するから大丈夫だよ」
おそろいのパジャマ、名探偵コナンのペアリングを注文。冬頃には長男に「副業が落ち着いたら結婚するからもう少し待ってね」。12月24日には原告の両親・弟らとの食事会に同席。
令和6年1月〜8月
薬指のペアリング、コナンの婚姻届
1月2日からペアリングを薬指に。「結婚指輪は将来結婚することになるなら買うからね」。3月にはコナンデザインの婚姻届を3枚購入。8月10日頃には「子ども作っちゃう?」。
令和6年8月20日
❌ 妻の両親が原告宅を訪れ、既婚が発覚
原告は玄関先で被告の妻の両親と話し、初めて既婚者だと知る。同日、7人での話し合いが開かれ、被告は独身と偽っていたことを認めて謝罪した。
家族には「研修」と言って出かけることが多かった、という認定もあります。二つの家庭を同時に欺いていたわけで、被害は原告一人ではなく、長男や双方の親族にまで広がっていました。
争点は「違法かどうか」ではなく「慰謝料はいくらか」
意外に思われるかもしれませんが、この裁判で被告は、独身と偽って性交渉を伴う交際をしたこと自体は争っていません。判決も次のように整理しています。
——名古屋地方裁判所 令和8年7月21日判決より
「貞操権」とは、誰と性的な関係を持つかを自分で決める権利のことです。相手が既婚者だと知っていれば関係を持たなかったのに、嘘によってその判断を奪われた——独身と偽って交際すること自体が、民法709条の不法行為になるというのが、近年の裁判例の一般的な考え方です。
そのうえで被告は、「婚約した事実はない」「指輪や婚姻届はコナングッズ収集の一環」「性交渉は結婚を前提にしたものではなかった」と主張し、慰謝料300万円は高額すぎると反論しました。
コナンの指輪と婚姻届は「趣味」か「結婚アピール」か——裁判所の判断
裁判所は被告の「趣味の一環」という説明を採りませんでした。ペアリングを薬指に着けたこと、コナンデザインの婚姻届を買ったことは、「原告との婚姻に前向きであることをより積極的にアピールするもの」と評価しています。
慰謝料の判断で重く見られたのは、次の4つの事情です。
01
婚活目的のアプリだった
シングルマザーとして「結婚相手、長男の父親となる候補者」を探す動機があったと認定。
02
繰り返された結婚の言葉
「入院費タダだよ」「いつか結婚出来たらいいね」「妊娠したらね」など。
03
子どもと親まで欺いた
長男に「結婚するから大丈夫だよ」、原告の母に「真剣にお付き合い」。
04
約1年3か月の長期間
令和5年5月10日から令和6年8月20日まで、嘘の上で交際が続いた。
——名古屋地方裁判所 令和8年7月21日判決より
判決が「原告や長男」と、子どもの心の傷にまで言及している点は見逃せません。同じく子を持つ親として読むと、ここがいちばん胸に刺さる部分でした。
請求330万円に対して認容121万円——金額の内訳と「差額」
| 項目 | 原告の請求 | 判決の認容額 |
|---|---|---|
| 慰謝料 | 300万円 | 110万円 |
| 弁護士費用 | 30万円 | 11万円(認容慰謝料の1割) |
| 合計 | 330万円 | 121万円 |
| 遅延損害金 | 令和5年5月10日(交際開始日)から | 令和6年8月20日(交際終了日)から年3% |
| 訴訟費用 | 被告負担 | 30分の19を原告、30分の11を被告 |
請求との差は209万円。裁判で認められたのは請求額の約37%で、訴訟費用も原告が6割強を負担する結果になりました。判決は110万円とした理由を「本件事案の内容、性質、審理経過」など諸般の事情と述べるにとどめ、どこで減額したかまでは具体的に示していません。
遅延損害金は、交際開始日ではなく「不法行為の最終日」である令和6年8月20日から計算されます。年3%なので、121万円なら1年あたり約3万6,300円。嘘の関係が続く限り不法行為も続いていた、という考え方です。
貞操権侵害の慰謝料は、交際期間・妊娠や中絶の有無・結婚をどこまで具体的に約束したかで大きく変わり、数十万円から200万円前後までと幅があります。妊娠のない事案で100万円を超えたのは、子どもや親族まで巻き込んだ悪質さが上乗せされた結果と読むのが自然でしょう。
家族を守るために知っておきたい「独身詐称」への備えと対処法
この判決は、離婚歴のある人が再婚相手を探す場面の危うさを示しています。ご自身の娘や姉妹、親がアプリで出会った相手と交際している——そんな家族がいる方にも、無関係な話ではありません。
⚠️ 交際相手が「本当に独身か」を確かめるチェックポイント
- 週末や夜間、年末年始に会えない・連絡がつかない時間帯が決まっている
- 「研修」「出張」「副業」など、外泊できない理由が多い
- 自宅に招いてくれない、住所や勤務先を具体的に言わない
- 結婚の話は出るが「もう少し待って」と時期が常に先延ばしになる
- 車内の子ども用品などについて説明が妙に用意周到
もし嘘が発覚したら、まずは証拠を残すことです。アプリのプロフィール画面、LINEなどのメッセージ、「結婚」に触れた発言の記録、写真、指輪などのやり取りの品が、慰謝料額を左右します。本件でも、具体的な発言や日付の積み重ねが「悪質性」の認定につながりました。
⚠️ 既婚を隠して交際する側が負うリスク
- 交際相手から貞操権侵害として慰謝料請求(本件では121万円+遅延損害金)
- 自身の配偶者からは離婚・不貞行為による慰謝料を求められる可能性
- 本件では妻の両親が相手の自宅を訪れる形で発覚——家族全員を巻き込む
請求には時効もあります。不法行為に基づく損害賠償は、損害と加害者を知った時から3年(民法724条)。独身詐称が分かったら、早めに弁護士や法テラスに相談するのが安心です。
📌 この判決のポイントまとめ
- 既婚男性がマッチングアプリで「離婚済み」と偽り、約1年3か月交際したことは貞操権侵害の不法行為(被告も争わず)。
- 名古屋地裁は慰謝料110万円・弁護士費用11万円、合計121万円の支払いを命じた(請求は330万円)。
- コナンのペアリングや婚姻届は「趣味」ではなく、結婚に前向きな姿勢を積極的にアピールするものと評価された。
- 長男や原告の両親まで欺いたことが悪質性として重く見られた。
- 遅延損害金は交際終了日(不法行為の最終日)の令和6年8月20日から年3%。
まとめ:嘘の代償は121万円、失ったものはそれ以上
121万円という金額を「思ったより安い」と感じる方もいるでしょう。実際、請求の3分の1ほどで、訴訟費用の多くは原告の負担です。ただ、妊娠などの事情がないなかで100万円を超えたのは、裁判所が子どもや親族への裏切りを重く受け止めた表れだと思います。
そして被告の側に目を向ければ、失ったのはお金だけではありません。自分の家庭の信頼も、妻の両親との関係も、一度に崩れています。家族を持つ身として、嘘の上に築いた関係の代償の重さを改めて考えさせられる判決でした。
大切な家族が同じ目に遭わないよう、「おかしい」と感じたら確かめること、発覚したら証拠を残して専門家に相談すること。その二つを押さえておけば、泣き寝入りせずに済みます。
よくある質問(FAQ)
Q. 貞操権侵害の慰謝料の相場はいくらですか?
A. 事案により幅がありますが、数十万円から200万円前後が一つの目安です。交際期間の長さ、妊娠・中絶の有無、結婚をどこまで具体的に約束したかで変わります。本件は妊娠がないなかで、長男や両親まで欺いた点が重視され、慰謝料110万円とされました。
Q. 既婚者と知らずに交際していた場合、相手の妻から慰謝料を請求されますか?
A. 不貞行為の慰謝料は、相手が既婚者だと知っていた(または注意すれば知り得た)場合に問題になります。本件のように独身だと巧妙に偽られていた場合は、一般に責任を問われにくいと考えられますが、個別の事情によるため弁護士に確認するのが確実です。
Q. 請求できる期限はありますか?
A. 不法行為に基づく損害賠償請求権は、損害と加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年で時効にかかります(民法724条)。
Q. どんな証拠を残しておけばよいですか?
A. アプリのプロフィール(「独身」「離婚済み」の表示)、メッセージのやり取り、結婚に触れた発言の記録、写真、贈り物や指輪などです。本件でも、具体的な発言と日付が悪質性の認定に使われています。
出典・参考資料
【免責事項】本記事は裁判所が公開した判決文をもとに、一般的な情報提供を目的として作成したものです。個別の事案についての法的助言ではありません。判決は第一審のものであり、控訴の有無等により結論が変わる可能性があります。具体的なトラブルについては、弁護士や法テラス等の専門家にご相談ください。



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