【最高裁2026年10月5日判決】起訴されていない窃盗4件・173万円で有罪は違法|「訴因変更」で別の罪は足せない、一審・二審破棄で京都地裁へ差し戻し

最高裁判決・刑事手続 起訴されていない窃盗を裁いた一審・二審を破棄 「訴因変更」で別の罪は足せない 刑事事件
最高裁判決訴因変更刑事訴訟法破棄差戻しATM窃盗

📅 令和8年(2026年)10月5日 | ⚖️ 最高裁判所第二小法廷 | 📂 令和7年(あ)第868号

ATMから現金100万円を盗んだとして起訴された被告人が、裁判の途中で「訴因変更」という手続により、別のATMでの窃盗4件・計173万円分を上乗せされ、有罪とされていました。最高裁はこれを問題視し、一審・二審の判決をどちらも破棄して京都地裁に差し戻しました。

理由は「その4件はそもそも起訴されていない」というもの。被告人の同意や不利益の有無に関係なく、手続のルールは曲げられないと明言した判決です。

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事件の概要|起訴は2件100万円、訴因変更で4件173万円を追加

事件は、被告人が氏名不詳者らと共謀し、2023年11月29日と30日の2日間にわたって各地のATMから現金を引き出したというものです。詐欺の被害金を引き出す、いわゆる「出し子」の事件でよく見られる構図ですが、判決文が扱っているのはあくまで「窃盗」と「犯罪収益等隠匿」の罪です。

検察官が2023年12月28日に起訴したのは、A銀行の支店と営業部のATMから各50万円、合計100万円を盗んだ2件(当初訴因)でした。なお、判決ではこのほかの窃盗や犯罪収益等隠匿の罪もあわせて処断されていますが、判決文が問題にしたのは次の「追加」の部分です。

ところが翌2024年2月16日、検察官は新たな起訴状を出すのではなく、「訴因変更請求」という形で、別のATMで行われた窃盗4件を追加しました。信用金庫やコンビニ系ATMなどからの引き出しで、金額は100万円・40万円・20万円・13万円、追加分だけで合計173万円です。

区分 内容 金額
当初訴因(起訴) ①11/29 A銀行a支店ATM
②11/30 A銀行b営業部ATM
各50万円
(計100万円)
追加訴因(訴因変更) ③B信用金庫の出張所ATM(2回)
④C店ATM(2回)
⑤E店ATM
⑥F銀行の出張所ATM(2回)
100万円
40万円
20万円
13万円
(計173万円)

第一審の京都地裁はこの訴因変更を許可し、①〜⑥をすべて審理の対象にしました。弁護人も異議を述べず、その後の審理も追起訴と同じような手順で進んだと、補足意見は記しています。誰も止めなかった、というのが正直なところでしょう。

判決の流れ|執行猶予→実刑→最高裁で一審からやり直し

第一審 京都地方裁判所

懲役3年・執行猶予5年+罰金50万円

訴因変更を許可し、①〜⑥の窃盗(⑤⑥は包括一罪)と、その他の窃盗・犯罪収益等隠匿を併合罪として処断。

控訴審 大阪高等裁判所(令和7年6月5日)

懲役2年10月+罰金100万円(執行猶予なし)

検察官の控訴を受け、量刑不当を理由に一審を破棄。6個の窃盗罪などを併合罪として、より重い刑を言い渡した。

上告審 最高裁判所第二小法廷(令和8年10月5日)

⚖️ 一審・二審とも破棄、京都地裁へ差し戻し

起訴されていない追加訴因を裁いた違法を職権で指摘。裁判官4人全員一致。

注目したいのは、弁護人の上告理由そのものは「刑が重すぎる」という量刑不当の主張で、最高裁はこれを上告理由に当たらないと退けている点です。そのうえで最高裁は「職権」で記録を調べ、手続の違法を見つけ出しました。被告人側が気づいていなかった問題を、最高裁自らが拾い上げた形です。

なぜ違法なのか|「訴因変更」で別の事件は足せない

刑事訴訟法312条1項の「公訴事実の同一性」

刑事裁判では、検察官が起訴状に書いた事実(訴因)だけが審理の対象になります。裁判の途中で訴因を変えることは認められていますが、刑事訴訟法312条1項は、それを「公訴事実の同一性を害しない限度」に限っています。

たとえば「Aさんの財布を盗んだ」という起訴を、証拠に合わせて「Aさんの財布をだまし取った」に変える——これは同じ出来事の見方を変えるだけなので許されます。一方で、別の日・別の場所で起きた別の窃盗を足すのは、新しい事件をもう1つ持ち込むことになります。そうした事件は、本来は新たに起訴(追起訴)しなければなりません。

「追加訴因は、当初訴因と『公訴事実の同一性』(刑訴法312条1項)がなく、本来別罪として公訴提起がされるべきものであるから、訴因変更によりこれを審判の対象とすることはできず」
——最高裁判所第二小法廷判決より

最高裁は、当初の2件と追加の4件が「併合罪」の関係にあるとした二審の判断自体は相当だとしました。併合罪とは、別々に成立する複数の罪をまとめて処断するもので、別々の罪である以上、1件ずつ起訴が必要だということになります。

「審判の請求を受けない事件」について判決した違法

起訴されていない事件を裁くことは、刑事訴訟法378条3号が定める「審判の請求を受けない事件について判決をした」場合に当たります。これは控訴理由の中でも特に重い、いわゆる絶対的控訴理由です。

最高裁は、二審判決にはこの違法があり、「原判決を破棄しなければ著しく正義に反する」と判断しました。一審判決も同じく起訴されていない事実を裁いているため、両方を破棄し、追加訴因について公訴提起の有無も踏まえて審理し直すよう京都地裁に差し戻しています。

起訴はATM窃盗2件100万円、訴因変更で4件173万円を追加、一審・二審で有罪、最高裁が審判の請求を受けない事件として破棄し京都地裁へ差し戻した流れを示す図解

三浦守裁判官の補足意見|「本人の同意」でも治らない

この判決で一番読み応えがあるのは、三浦守裁判官の補足意見です。訴因変更請求は書面で行われて被告人にも送達され、弁護人も異議を述べていない。だから被告人に実質的な不利益はなかった——そう見る余地があることを認めたうえで、はっきり退けています。

「このような審判請求の存否に係る違法は、被告人の不利益の程度やその同意によって左右される問題ではない。」
——最高裁判所第二小法廷判決・三浦守裁判官補足意見より

補足意見によれば、追起訴は「新たな審判手続を開始する」行為で、訴因の追加は「既に始まった手続の中の」行為です。両者には本質的な違いがあり、もし今回の訴因変更を追起訴と同じに扱えば、「同一性の範囲でしか訴因変更できない」というルールそのものが意味を失うと指摘しました。

さらに、差し戻しは迅速な裁判や訴訟経済の面でも望ましくないとして、「全ての関係者が十分に注意を尽くす必要がある」と締めくくっています。検察・裁判所・弁護人の三者がそろって見落としたことへの、静かですが厳しい苦言だと私は受け止めました。

過去の判例との関係|昭和62年の最高裁決定

「併合罪の関係にある別の事実を、訴因の追加で持ち込むことはできない」という考え方自体は、今回が初めてではありません。最高裁は昭和62年12月3日の決定(刑集41巻8号323頁)で、併合罪関係にある事実の訴因追加を誤って許可してしまった場合、裁判所はその許可を取り消すことができると判断しています。

昭和62年決定は「判決前に誤りに気づいたらどう直すか」という場面の判断でした。今回の判決は、誤りに気づかないまま一審・二審と判決まで進んでしまった場合に、訴因変更を「事実上の追起訴」と見て救うことはできるか、という一歩先の問題に答えたものといえます。結論は、救えない、でした。

⚠️ 今回の判決が示さなかったこと

  • 被告人が無罪になったわけではない(審理のやり直し)
  • 差し戻し後に検察官が追起訴するかどうか、その後の刑の重さは判決文からは分からない
  • どのような事情があれば訴因変更を公訴提起と同様に見られるかは、「記録上見当たらない」とするだけで具体的には示していない

家族が刑事裁判の当事者になったら|知っておきたい被告人の権利

刑事裁判は、多くの人にとって縁のない世界です。ただ、家族が事件に巻き込まれる可能性は誰にでもあります。最近は、子どもや若い世代がSNSの「高額バイト」に誘われ、ATMでの引き出し役をさせられる事件も報じられています。

今回の判決が教えてくれるのは、刑事裁判で裁かれるのは「起訴状に書かれた事実」だけという大原則です。裁判の途中で別の事件を足すなら、改めて起訴という手続を踏まなければならない。これは被告人を守るための、譲れない線引きです。

01

起訴状の中身を確認する

何件・いくらの事実で起訴されたのかを、弁護人を通じて把握しておく。

02

「追加」の手続に注意する

途中で事実が増えるときは、それが追起訴か訴因変更か、弁護人に確認する。

03

早めに専門家へ相談する

弁護士費用が心配なら法テラス(0570-078374)で制度を確認できる。

家族が刑事裁判の当事者になったら確認したい3つのこと(起訴状の中身、途中で増えた事実の手続、弁護士・法テラスへの相談)を示す図解

私自身、家族を持つ立場で読んで、手続のルールは「悪いことをした人を逃がすための抜け道」ではないと改めて感じました。誰が被告人になっても同じ手続で裁かれるという保証があるからこそ、裁判の結論を信頼できるのだと思います。

なお、ATMの引き出し役は「頼まれただけ」でも重い罪に問われます。最高裁が「出し子」に詐欺罪の共謀を認めた事例は、闇バイトの「出し子」にも詐欺罪の共謀を認めた最高裁判決の記事で詳しく紹介しています。家族で共有しておきたい内容です。

📌 この判決のポイントまとめ

  • 2023年12月の起訴はATM窃盗2件・計100万円。翌年2月、訴因変更で別のATM窃盗4件・計173万円が追加された。
  • 一審は懲役3年・執行猶予5年+罰金50万円、二審は懲役2年10月+罰金100万円。
  • 最高裁は、公訴事実の同一性がない別罪は訴因変更で追加できず、起訴されていない事件を裁いた違法があると判断した。
  • 一審・二審をともに破棄し、京都地裁に差し戻した(裁判官全員一致)。
  • 補足意見は、この違法は被告人の同意や不利益の程度で左右されないと明言した。

まとめ|ルールを守ることが被告人と社会の安心につながる

ATMから多額の現金を引き出したとされる事件で、被告人は有罪判決を2度受けながら、最高裁で一審からのやり直しになりました。結論だけ見れば「せっかくの裁判が無駄になった」と感じる人もいるでしょう。

それでも最高裁は、手続の近道を認めませんでした。起訴されていない罪で人を裁かないという原則は、私たち自身や家族がいつか当事者になったときの最後のよりどころです。差し戻し後の京都地裁がどう審理を進めるのか、引き続き注目したいと思います。

よくある質問(FAQ)

Q. 被告人は無罪になったのですか?

いいえ。最高裁は一審・二審の判決を破棄して京都地裁に差し戻しただけで、無罪を言い渡したわけではありません。追加の4件について公訴提起の有無も踏まえ、審理がやり直されます。

Q. 「訴因変更」と「追起訴」は何が違うのですか?

訴因変更は、すでに起訴された事件の中で、同じ出来事の内容や法的な見方を変える手続です。追起訴は、別の事件を新たに起訴する手続です。補足意見は、前者は既存の手続の中の行為、後者は新しい手続を開始する行為で、本質的に違うと説明しています。

Q. 弁護人が異議を述べなかったのに、なぜ違法になるのですか?

起訴されていない事件を裁くのは「審判の請求を受けない事件について判決をした」違法で、被告人の不利益の程度や同意によって左右される問題ではない、というのが補足意見の考え方です。

Q. 家族が逮捕・起訴されたとき、どこに相談すればいいですか?

まずは弁護士への相談が基本です。費用面の不安がある場合は、法テラス(0570-078374)で国選弁護や民事法律扶助などの制度を確認できます。各地の弁護士会の当番弁護士制度も利用できます。

出典・参考資料

【免責事項】本記事は公開されている判決文をもとに、一般的な情報提供を目的として作成したものです。個別の事件についての法的助言ではありません。具体的なご相談は弁護士などの専門家にお問い合わせください。記事中の判例の解説は執筆時点の情報に基づいています。

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