【横浜地裁判決】弁護士が事務員にげんこつ・セクハラ、961万円の賠償命令|休業中の解雇は無効、先払い500万円は一部弁済

弁護士のげんこつ・セクハラで解雇無効と961万円の賠償(法律事務所ハラスメント訴訟)のアイキャッチ画像 労働・法律紛争
横浜地裁判決パワハラセクハラ解雇無効労災

📅 令和7年(2025年)3月25日 | ⚖️ 横浜地方裁判所 第7民事部 | 📂 令和4年(ワ)第410号

横浜市の法律事務所で約9年働いた女性事務員が、経営者の弁護士から「頭を出せ」とげんこつで殴られ、性的な発言も受けてうつ病を発症。休業中に解雇されました。

横浜地裁は解雇を無効とし、弁護士に961万6978円の支払いを命じました。先に受け取っていた500万円があっても、賠償は終わっていなかったのです。

何が違法とされ、何が認められなかったのか。家族が同じ目にあったときに知っておきたい権利とあわせて、判決文から整理します。

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事件の概要――弁護士の父子が経営する法律事務所で起きたハラスメント

舞台は横浜市内の法律事務所です。弁護士の父(判決では「被告A」)と息子(「被告B」)が2023年4月まで共同で経営していました。原告の女性は2010年3月から事務員として働き、主に父親の弁護士が手書きした原稿をパソコンで入力する仕事をしていました。

女性は2009年に離婚し、2人の子どもを育てながら働いていました。基本給は25万5000円、住居手当と子供手当があり、賞与は年3.5か月分という条件です。

2019年3月7日に精神科で「うつ病エピソード」と診断され、同年10月1日から休業。事務所は2020年7月31日、休業期間の満了を理由にメールで解雇を伝えました。その後、2021年3月に労働基準監督署が労災と認定しています。

女性は、従業員としての地位の確認と、父子2人に連帯して1738万2979円の賠償を求めて提訴しました。

横浜地裁が違法と認めたパワハラ・セクハラの内容

「頭を出せ」――げんこつで頭頂部を殴る暴行が継続

判決が認定したのは、2011年ごろから休業までの間、仕事でミスをすると自席に呼び出し、「頭を出せ」と言って、痛みを感じる強さでげんこつで頭頂部を殴ることを続けていた、という事実です。

2018年11月には、原稿の「下記のように」を「悪鬼のように」と誤変換したことに腹を立て、同じように殴打しています。裁判所はこれを「業務上の指導として社会通念上許される限度を明らかに逸脱する」一連一体の暴行と評価しました。

弁護士側は「軽くコツンと手を置いた程度」「叩いたのは1回か2回」と反論しました。しかし判決は、成人してから初めて人の頭を叩いた相手が原告だと言いながら、その場面をはっきり覚えていないのは不自然だとして、この供述を退けています。

セクハラ発言と「お前の顔なんか見たくない」

性的な言動も具体的に認定されました。2012年ごろには「あなたのことが大好きで仕方がないんだ。」と告げ、以後も好意を繰り返し伝え、「奥さんがいなかったらあなたと結婚したい。」とも述べています。

2018年9月には、裁判所に同行した帰りの喫茶店で、女性の裸の体を「洋なし」にたとえる小説の一節を読ませ、「あなたのことを書いてあると思って読んでいる」などと発言。食事の席では次のように述べました。

「40歳前後の女性は一番性欲が強くなる。そういう時はどうするんだ」
——横浜地方裁判所 令和7年3月25日判決(認定事実)より

同年12月、年賀状の準備をしていた原告に対しては「俺からの年賀状は要らないのか。お前の顔なんか見たくないから、あっち行け。」と発言。判決は、業務上の注意を超えて関係に亀裂を生じさせる発言で、職場環境を害するものだとしました。

原告が主張した行為 裁判所の判断
げんこつによる継続的な殴打 不法行為(違法)
好意の告白・性的な発言 不法行為(違法)
年賀状をめぐる「あっち行け」発言 人格権の侵害(違法)
休業直前に怒鳴った行為 理不尽だが、直ちに権利侵害とはいえない
休業中の電話・手紙・贈り物 気遣いとも受け止められ、過度な接触とまではいえない

ハラスメントとうつ病の因果関係――労災の認定基準で判断

裁判所は、厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の認定基準」(2023年9月)を参照して因果関係を検討しました。発症前おおむね6か月の間に業務による強い心理的負荷があったか、業務以外の原因で発症したのではないか、という枠組みです。

繰り返されるハラスメントは、6か月より前に始まっていても一体として評価されます。認定基準は「上司等から、暴行等の身体的攻撃を反復・継続するなどして執拗に受けた」場合を「強」の例に挙げており、げんこつとセクハラの双方について「強い心理的負荷」があったと認められました。

弁護士側は、交際相手との結婚が反対されていたこと、がんの疑いでの検査や更年期症候群、服用していた薬の副作用などを別の原因として主張しました。判決は、交際の悩みは心理的負荷「中」にとどまること、病気の疑いは検査で解消していたこと、薬や更年期との具体的な関連を示す証拠がないことを理由に、いずれも退けています。

休業中の解雇は無効――労働基準法19条

うつ病が使用者のハラスメントによるものと認められたことで、解雇の結論も決まりました。労働基準法19条は、業務上の病気で療養のため休業している期間(とその後30日間)の解雇を禁じています。

判決は、うつ病は労基法19条の「業務上」の「疾病」にあたり、その療養のための休業中にした解雇は無効だと判断し、原告が今も従業員の地位にあることを確認しました。

事務所側は「原告は退職日を2020年7月31日とする書類で中小企業退職金共済(中退共)の退職金約100万円を受け取った。退職を認めたことになる」と主張しました。しかし原告は、代理人を通じて「復帰して就労する意思を失った訳ではありません」と留保をつけたうえで手続きを進め、裁判でも解雇を争っていました。判決は、これを退職の意思表示とは「到底認められない」としています。

げんこつ・セクハラの違法認定から解雇無効、961万6978円の支払い命令までの判断の流れを示す図解

先に受け取った500万円はどう扱われたか

この事件には特徴的な経緯があります。体調を崩して休みがちになった2019年5月31日、原告が「健康を返してほしい、1000万円や2000万円もらっても足りないくらい辛い」と伝えると、父親の弁護士から「いくら払えばよいか」と聞かれ、500万円と答えました。弁護士は同日300万円、6月5日に200万円を振り込んでいます。

弁護士側は「原告の体調をめぐる争いを500万円で解決する和解だった」と主張し、原告は「単なる贈与だ」と主張しました。裁判所はどちらの言い分もとらず、その日までに生じた損害の一部を支払う合意(一部弁済)だと判断しました。

つまり、500万円は賠償額から差し引かれるものの、それでハラスメントをめぐる紛争がすべて終わったわけではない、ということです。判決は、原告の年間賃金426万2500円を超える額を「単発的ないさかいの解決のため」に払ったという弁護士側の説明を「極めて不自然」としています。

認容額961万6978円の内訳

項目 金額 計算の考え方
給与相当分 605万0208円 給付基礎日額9424円の4割×1605日(労災の休業補償給付6割を受給しているため残り4割)
賞与相当分 395万2500円 2020年6月分〜2024年6月分。基本給のみを基礎に年3.5か月分
住居・子供手当相当分 104万円 月2万円×52か月
通院慰謝料 270万円 2087日にわたる通院
弁護士費用 87万4270円 (損害合計−500万円)の約1割
損害合計 1461万6978円 ここから先払いの500万円を控除
支払い命令額 961万6978円 2020年7月31日から年3%の遅延損害金つき

一方で、解雇そのものによる慰謝料100万円は認められませんでした。地位が確認され、休業損害が支払われることで精神的苦痛は通常慰謝される、という理由です。数字で見ると、請求1738万円余りに対し、命じられたのは961万円余りでした。

息子の弁護士Bの責任はなぜ否定されたのか

原告は、2016年3月に息子の弁護士に相談したのに対策がとられなかった、2019年3月に診断書を見せたのに休ませなかった、と主張しました。しかし判決は、いずれも退けています。

2016年の相談は「話しかけても返事をしてもらえない」「書類を投げ渡される」という内容で、息子は父親に「不機嫌な態度を表に出すのはやめたほうがよい」と注意していました。殴打やセクハラまで相談していたとは認められませんでした。

また、息子は2018年6月から2020年5月まで日本弁護士連合会の事務次長を務め、平日はほとんど事務所に出ていませんでした。2019年3月26日の面談は日弁連の業務で実現せず、診断書を目にしたのは4月19日以降とされ、ハラスメントがストレスの原因だと認識できた時期を証拠で示せなかったことが結論を分けました。

⚠️ ここから読み取れる教訓

  • 相談するときは「何をされたか」を具体的に伝える。原告は暴行について、相談時に「殊更取り上げることをしなかった可能性」が指摘されました。
  • 医師の指示や診断書は、誰に・いつ渡したかが後で争点になります。メールなど記録に残る形で渡すのが安心です。
  • 原告が2019年11月に送ったメールは、医師の指示を伝える証拠として判決に引用されています。

妻や娘が職場のハラスメントで休職したら――家族が知っておきたい権利

40代・50代の働く女性は珍しくありません。妻や娘、あるいは自分自身が同じ立場に置かれたとき、この判決から確認できる「損をしないための権利」を整理しておきます。

01

業務上の病気で休業中は解雇できない

労基法19条。休業期間満了を理由とした解雇でも、原因が業務上の病気なら無効になり得ます。

02

労災申請で休業補償を受けられる

本件では労基署が労災を認定し、原告は給付基礎日額の6割の休業補償給付を受けていました。

03

お金を受け取っても「全部精算」とは限らない

500万円は一部弁済とされ、残りの損害を請求できました。合意の趣旨を書面で確かめることが大切です。

04

退職金を受け取るなら「留保」を

「復帰の意思を失っていない」と書面で残したことで、退職を認めたことにはなりませんでした。

家族が職場のハラスメントで休職したときに知っておきたい4つの権利を示す図解

⚠️ 相談先

  • 職場のハラスメントの相談は、各都道府県労働局の「総合労働相談コーナー」で受け付けています。
  • 労災の申請は、勤務先を管轄する労働基準監督署が窓口です。
  • 解雇や賠償を争う場合は、早めに弁護士へ相談を。本件の原告も、2019年2月に弁護士会の「ハラスメント相談」を利用していました。

よくある質問(FAQ)

Q. 「軽く叩いただけ」でもパワハラになりますか?

本件では、痛みを感じさせる強さで継続的に殴っていたと認定され、指導の限度を明らかに超えるとされました。判決は、たとえ痛みを伴わない程度でも、人の頭を叩くことは相手に屈辱感を与える行為だと述べています。

Q. 休職期間が満了したら解雇されても仕方ないのでは?

病気の原因が業務(本件では使用者のハラスメント)にあると認められると、労基法19条により療養のための休業中の解雇は無効になります。本件はまさにそのケースでした。

Q. 会社や上司からお金を受け取ったら、もう請求できませんか?

受け取ったお金の趣旨によります。本件の500万円は「紛争をすべて終わらせる和解」とは認められず、それまでの損害の一部の支払いとされたため、残りを請求できました。

Q. 経営者の家族(共同経営者)にも責任を問えますか?

本件の息子の弁護士は、ハラスメントと病気の関係を認識できた時期が証拠で示されず、責任を否定されました。相談内容や診断書の受け渡しを記録しておくことが、責任追及の前提になります。

📌 この判決のポイントまとめ

  • げんこつでの継続的な殴打、性的な発言、「お前の顔なんか見たくない」発言が違法と認定された。
  • 労災認定基準に照らし、ハラスメントとうつ病発症の因果関係が認められた。
  • 業務上の病気による休業中の解雇は労基法19条違反で無効。従業員の地位が確認された。
  • 損害は1461万6978円。先払いの500万円は一部弁済として差し引かれ、父親の弁護士に961万6978円の支払いが命じられた。
  • 息子の弁護士の安全配慮義務違反は、認識の時期が立証されず否定された。

まとめ

法律の専門家が経営する事務所で、ここまでのハラスメントが8年近く続いていたことには驚かされます。判決は、相手が弁護士であっても、殴打や性的な発言を一つひとつ事実として認定し、解雇を無効としました。

同時に、息子の弁護士の責任が否定された理由を見ると、「いつ、誰に、何を伝えたか」の記録がいかに大切かもわかります。家族が職場のことで体調を崩したときは、本人を休ませることと並んで、相談内容や診断書のやり取りを残しておくよう声をかけてあげてください。それが、後で損をしないための一番の備えになります。

出典・参考資料

【免責事項】本記事は公開されている判決文等をもとに、一般的な情報提供を目的として作成したものです。個別の事案についての法的助言ではありません。具体的なお悩みは弁護士等の専門家にご相談ください。記事の内容は執筆時点の情報にもとづいています。

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