京都地裁
住友生命保険
賃金控除
労働基準法24条
📅 令和5年(2023年)1月26日判決 | ⚖️ 京都地方裁判所 | 📂 令和元年(ワ)第3008号
住友生命保険の営業職員が、携帯端末使用料やコピー用紙代など営業活動にかかる費用を給与から天引きされていたのは違法だとして会社を訴えた裁判で、京都地裁は控除の一部を労働基準法違反と認め、会社に34万9470円の支払いを命じました。
争点は9項目に及び、労使協定の有効性から携帯電話料金の請求まで幅広く判断が示されています。判決文をもとに、事案の経緯・争点ごとの主張・裁判所の判断根拠を具体的にまとめました。
事案の概要 営業職員が「経費は会社負担のはず」と提訴
原告は、生命保険業を営む相互会社・住友生命保険(被告)の営業職員です。平成5年1月12日に研修試補見習いとして入社し、同年3月1日に営業職員として雇用契約を締結、京都支社a営業部に配属されました。支部長や所長などの役職はない、いわゆる一般の営業職員という立場です。
被告は営業職員向けに、業務用の携帯端末(本件携帯端末使用料)、営業資料や斡旋物品の代金(機関控除金・会社斡旋物品代)などを給与から天引きしていました。原告はこれを不服とし、「本来会社が負担すべき費用を労働者に付け替えている」として、未払賃金・不法行為・不当利得・費用償還請求権など複数の法律構成で、控除された費用や自己負担していた携帯電話料金の返還を求めました。
⚠️ この裁判で控除の対象になっていた主な費用
- 本件携帯端末使用料(業務用スマートフォンの月額利用料)
- 機関控除金(募集資料コピー用紙・トナー代など)
- 会社斡旋物品代(顧客への手土産となる飴・チョコレート・タオル等を含む)
事案の経緯 入社から提訴までの流れ
平成5年(1993年)1〜3月
研修試補を経て営業職員として採用
1月12日に研修試補見習いとして委嘱契約、2月1日に研修試補として委嘱契約。3月1日、営業職員として本件雇用契約を締結し、京都支社a営業部に配属。
平成24年(2012年)1月・4月
賃金控除に関する労使協定(本件協定)を締結
被告と労働組合が1月26日に本件協定を締結し、4月1日から実施。同年10月分以降、携帯端末使用料・機関控除金・会社斡旋物品代の給与天引きが始まる。
平成30年(2018年)7月〜令和元年(2019年)12月
原告が異議を申し立て、労基署も是正勧告
被告は平成30年7月に携帯端末使用料を、平成31年1月にトナー代を無償化。原告は同年11月に会社へ異議通知、12月に質問書を提出。令和元年6月には内容証明郵便で約198万円を請求し、7月に労働審判を申し立てた。同年12月、京都下労働基準監督署が「就業規則の未整備」を理由に是正勧告。
令和2年(2020年)2月
就業規則を改定し、費用負担の規定を追加
労基署の指摘を受け、被告は組合に就業規則改定を提案(1月29日)、組合が了承(2月19日)。2月20日、営業職員の費用負担に関する定めが就業規則に追加された。
争点1 賃金控除の労使協定(本件協定)は有効か
労働基準法24条1項は、賃金は全額を労働者に支払わなければならないと定めつつ、「法令に別段の定めがある場合」または「事業場の労働者の過半数で組織する労働組合等との書面協定」がある場合は例外的に控除を認めています。被告は、組合との間で本件協定を結んでいるので適法だと主張しました。
原告の主張:本件協定は「本来的に労働者が負担すべきことが明白な費用」を定めたものではなく、具体的費目や金額も特定されていない
——京都地方裁判所判決(当事者の主張)より
これに対し裁判所は、次のような判断枠組みを示しました。
「本件協定は、労働者がその自由な意思に基づいて同意したものに適用する限りにおいては、事理明白なものであり、有効であると認められる」
——京都地方裁判所判決より
つまり、協定の存在それ自体で控除が正当化されるわけではなく、労働者本人が「自由な意思」で同意していたかどうかが控除の有効性を左右する、という判断です。この基準が、次の争点2の結論に直結します。
争点2 原告は費用負担に「同意」していたのか
被告は、雇用契約締結前に「勤務のしおり」を交付し、営業活動費が個人負担になることを説明していた(本件合意)と主張しました。しかし裁判所はこれを退けています。
「勤務のしおりが原告に交付されたのは、本件雇用契約の締結後であった」
「上記記載をもって、営業活動費が全て原告の負担となり、かつ、それを賃金から控除することについて原告が同意したことになるとはいい難い」
——京都地方裁判所判決より
つまり、入社時点で「経費は自己負担」という包括的な合意が成立していたとは認められませんでした。そのうえで裁判所は費用の性質ごとに個別の合意の有無を検討し、業務上ほぼ必須で選択の余地がなかった費用(コピー用紙・トナー代など)については自由な意思による同意とは認めがたいとして控除を違法と判断する一方、携帯端末使用料のように利用申込みの手続を経ていたものについては合意の成立を認めるなど、費目ごとに結論が分かれました。
争点3〜5 未払賃金・不法行為・不当利得の主張
原告は、違法に控除された費用について複数の法律構成で返還を求めていました。それぞれの請求内容は次のとおりです。
01
未払賃金請求
平成29年5月〜平成30年12月分43万3905円、平成31年1月〜令和2年3月分19万3542円の支払いを請求。
02
不法行為に基づく損害賠償
平成28年4月〜平成29年4月分の控除額29万2465円について、賃金債権侵害の不法行為として請求。
03
不当利得返還請求
平成24年10月〜平成28年3月分117万8320円について、法律上の原因のない利得として返還を請求。
被告はいずれの請求に対しても「否認ないし争う」と全面的に争いましたが、裁判所は争点1・2で示した「自由な意思による同意」の基準にあてはめ、同意が認められない費目についてのみ控除を無効と判断し、主文で認容された34万9470円の中に組み込まれています。
争点6〜9 自己負担していた携帯電話料金の請求はどうなったか
原告は会社支給の端末とは別に、私物のスマートフォンも業務連絡やLINE WORKSでの社内連絡に使っていたとして、その通信料についても費用償還請求権・立替払契約・不当利得・事務管理という4つの法律構成で支払いを求めていました。
被告の主張:「原告は個人用のスマートフォンも業務に使用」しており、「実際に専ら業務の用にのみ使用されているかは疑わしい」。私物の使用は「便利であるから」に過ぎず、業務指示ではない
——京都地方裁判所判決(当事者の主張)より
⚠️ 携帯電話料金の請求は認められなかった
主文2項「原告のその余の請求をいずれも棄却する」のとおり、私物携帯電話の通信費に関する請求(平成24年10月分〜令和2年4月分、合計約26万6000円)はすべて棄却されました。私物端末が「専ら業務用」であったとまでは認められなかったことが背景にあるとみられます。
認容金額のまとめ
| 請求項目 | 対象期間 | 請求額 | 結果 |
|---|---|---|---|
| 未払賃金① | H29.5〜H30.12分 | 43万3905円 | 一部認容 |
| 未払賃金② | H31.1〜R2.3分 | 19万3542円 | 認容 |
| 不法行為 | H28.4〜H29.4分 | 29万2465円 | 一部認容 |
| 不当利得 | H24.10〜H28.3分 | 117万8320円 | 一部認容 |
| 携帯電話料金① | H24.10〜H30.12分 | 21万4908円 | 棄却 |
| 携帯電話料金② | H31.2〜R2.4分 | 5万1116円 | 棄却 |
上記の各請求のうち「自由な意思による同意が認められない」と判断された部分を積み上げた結果が、主文で命じられた合計34万9470円です。遅延損害金の起算日は控除された給与日ごとに異なり、令和2年4月1日の民法改正(法定利率引き下げ)をまたぐため、時期によって年5分・年6分と利率が分かれています。
「原告のその余の請求をいずれも棄却する」
「訴訟費用はこれを20分し、その3を被告の負担とし、その余は原告の負担とする」
「この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる」
——京都地方裁判所判決・主文より
その後の展開 控訴審で判断枠組みが転換
⚠️ 本セクションは判決文(PDF)ではなく、法律専門メディアの報道・解説記事を出典としています
この京都地裁判決は控訴され、大阪高裁が令和6年5月16日に判断を示したと報じられています。専門家の解説によれば、控訴審は一審とは異なる枠組みを採用しました。
- 採用時の説明や「勤務のしおり」交付、その後長期間異議を述べなかった経緯から「包括的合意」の成立を認定する枠組みへ転換したと報じられている。
- もっとも、原告が令和3年1月に「賃金控除に同意できない」と明確に通知して以降の控除については、「自由な意思に基づいたものと認める合理的理由が客観的に存在しない」として無効と判断し、当該期間分の返還を命じたとされる。
- つまり、一度成立した合意でも労働者が明示的に撤回すれば、以後の控除は効力を失いうるという判断が示された。
よくある質問
Q. 労使協定さえあれば、会社は経費を賃金から天引きできますか?
この判決によれば、協定があるだけでは足りません。控除の対象となる労働者本人が「自由な意思に基づいて」同意していたかどうかが、有効性を判断する鍵とされています。選択の余地なく一律に負担させられる費用は、同意があったとは認めにくいとされました。
Q. 私物の携帯電話を業務に使っていれば、通信費は会社に請求できますか?
本件では棄却されています。私物端末が「専ら業務のためにのみ」使われていたと認められなかったことが大きいとみられ、業務利用の実態を裏付ける記録(通話明細やアプリの利用ログなど)が乏しいと請求は認められにくいと考えられます。
📌 この判決のポイントまとめ
- 生命保険会社の営業職員が、給与から天引きされていた営業活動費や自己負担の携帯電話料金の返還を求めて提訴。
- 賃金控除の労使協定は「協定があること」だけでなく「労働者本人の自由な意思による同意」があって初めて有効と判断された。
- 入社時の一括合意は否定され、費目ごとに個別の同意の有無が検討された結果、一部の控除のみが違法と認定された。
- 会社は34万9470円の支払いを命じられた一方、私物携帯電話の通信費請求はすべて棄却された。
- 報道によれば、控訴審の大阪高裁は判断枠組みを転換し、労働者が明示的に控除への同意を撤回した後の控除を無効と判断したとされる。
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保険会社・代理店への行政処分や、保険営業をめぐる事件・判決をまとめています。ご自身やご家族の契約の見直しにお役立てください。
出典・参考資料
・京都地方裁判所判決文(令和元年(ワ)第3008号、令和5年1月26日判決)(裁判所ウェブサイト)
・住友生命保険(費用負担)事件の解説(労基旬報オンライン)
・控訴審(大阪高判令和6年5月16日)の解説(鈴悠法律事務所)
・事件番号等の確認(有斐閣Online)
【免責事項】本記事は、裁判所が公表した判決文(京都地方裁判所、令和元年(ワ)第3008号)を主な出典として作成しています。「その後の展開」セクションのみ、控訴審(大阪高裁令和6年5月16日判決)に関する法律専門メディアの報道・解説記事を出典としており、判決文そのものを確認したものではない点にご留意ください。内容の正確性には注意を払っておりますが、最新の情報や詳細については各一次資料を直接ご確認ください。



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